上用賀便り

スピリチュアルヒーラー寺尾夫美子が綴る/フムアルフートスピリチュアルスクールと上用賀

ありがとう大阪

kamiyogadayori2011-03-24

東京に帰ると、日常の雑事が待っている。
こうして自宅にいると、細々としたことは勿論のこと、食事の用意からお風呂の準備まで、やることが山ほどある。
実家にいた間、それを全部母がやってくれていた。
一日中、パソコンとにらめっこしたり、新聞を読み続けたり、ニュースが始まると必死で聞き、そして急に話しかけるなと言って部屋に籠もる私の毎日に、母は随分とストレスを溜めていったと思う。
何一つ文句を言わず、何をしているのか理解できないにしても、みんなのために何かやっているのだからと黙って世話をしてくれた。
お陰で、一日中祈ることができた。
あちこちに遠隔ヒーリングすることもできた。
事故発生直後は、とにかく日本の大地を護ることで必死で、自分のことなど後回しにして、昼夜を問わず祈りを続けていた。
ようやく一段落し、こうして東京に戻してもらい、やっと夫との生活に戻った。
帰ってきて初めて、母に莫大なサポートをもらったことに気付くとは、私も本当に必死だったんだなと分かる。
改めて母に感謝を伝えておこうと思う。
さて、大阪からの帰途に就いたとき、そう言えばカメラを持って行っていたのに、どこにも行かず、どこも観光せず(勿論だけど)、母とさえ写真を撮らなかったことに気がついた。
空港までのバスの中で、ふとそれを思い出し、取りあえず大阪の街でも撮ってみた。

私がいた頃から比べると、新しい大きなビルが建ち並び、随分と変わったものだと思う。
バスは、大阪を南から北へ真っ直ぐに走るが、本町あたりにさしかかると、学校を卒業してからすぐ通っていた伊藤忠ビルが見えた。
茶色のビルに、たくさんの思い出がある。
それから淀屋橋に近づくと、覚えのあるビルはもうなくなって、新しい大きなビルが建っていた。
しかも、いつもこの高速道路からは見えていたのに、すぐ横に大きなビルがたくさん建ったせいで、見えにくくなっていた。
大阪市内を通り過ぎると、淀川がとうとうと美しく流れていた。

ありがとう、大阪。
お陰様で、しっかりとやるべきことができました。
今度はゆっくり遊びに来ます。
長いようであっという間だった避難生活。サポートしてくれた導き手達に、心から感謝します。
空からじ富士山の真横を通過するとき、富士を護る存在からメッセージを受け取った。
また時間を見て「スピリチュアルメッセージ」に書こうと思う。また後ほどに。
合掌。



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